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嘘から出た誠

コラム 2024/05/22

 「崩れ落ちる兵士」という写真を目にしたこともある方は多いだろう。
1963年のスペイン内戦において、反乱軍に撃たれた瞬間の共和国政府側の兵士を若干22歳の無名の青年だったロバート・キャパが撮影し、彼を一躍有名にした作品だ。と同時にそのあまりに決定的瞬間を捉えた写真は、その真偽をめぐり長年議論されてきたものでもある。沢木耕太郎のノンフィクション「キャパの十字架」で、その写真の真偽について、発表当時ではこれは「贋(がん)作」であったと述べている。しかしその写真で一躍有名となったキャパは虚名に追いつき嘘の代償を埋めるため、危険な戦場へ乗り込み、もう一枚の傑作「波の中の兵士」を撮る。そして名実ともに「一流のフォトジャーナリスト」となる――

以前、STAP細胞を巡る騒動においても、とある識者が「これも今の時点で問題が発覚しなければ、虚から実が生まれていた可能性はある。そしてそれは結局遡って、この発表が真実偉大な発見となっていた可能性はある」と述べていた。

嘘とはなんだろうか。
言ったもんがち。
これも背景として嘘の雰囲気を醸し出しつつも、結局言ったらそれが真実となるというニュアンスが込められた言葉だ。
勝てば官軍。
こちらもどちらが正しい、ではなく勝ったものが正しい(=真実)、負けたものは偽物という意味だ。
嘘から出たまこと――
昔の人は本当にうまく言ったものだ。

面接において本人が言うことは真実かどうか。
たとえば役職の詐称。「支店長代理」。
そのような役職をちゃんと設けて、名刺にも記載する会社もあれば、そのような階級は存在しないが、「実質支店長不在時はその代理をやっていた」ということは支店長代理と言っていいか。

これは一体どういうシチュエーションで、どういう意味合いで言われたものであるかによると思われる。弊社はバックグラウンドチェックを行う会社なので、たいてい上記のような議論は採用時における履歴書、職務経歴書の内容において問題となる。

いわゆる「公的書類」であるので、そこで正式ではない役職を記載すればそれは「詐称」であろうが、面接の流れの中での発言であれば「詐称だ!」と騒ぎ立てるのはむしろ言葉狩りの様相を呈してくる。

某解説者が出身大学を偽った、某バイオリニストが入賞したことのない国際コンクールの受賞歴をプロフィールに記載している・・・どれも当然問題視される。それに匹敵する実力があるからそう記載した、という主張は世間一般には納得されない。会社というのは秘密結社でも無い限り、世の中で公的な存在として活動するのであるから、そこに就職する試験も面接も提出される書類も「公的」なものだ。そしてその記載に「オーバー」な実績表記があったり、独自の解釈の役職が書かれていたりすれば、それは世間一般常識に照らし合わせて詐称と言われても仕方がない。

ただ実際に仮にオーバートークや詐称の記載があったとしても、入社を許可する会社は多くある。

それは以下のような場合である。
1,企業側の解釈と本人の主張にズレがあるということを分からず期待をして採用している
2,オーバートークだろうなと思いつつも、そこまで問題視せず採用している
3,そもそもオーバートークの内容自体は選考基準に関係がない

1の場合、遅かれ早かれミスマッチに気づき、妥協するか、早期退職となるか、揉めるか。もしくは応募者がロバート・キャパのように入社時告げた実力に近づこうと必死に努力し変貌する。

2の場合、そもそもはじめから妥協しているので、そのまま無難に勤務か、相手が問題児だった場合トラブルに発展か、応募者がキャパのように入社時告げた実力に近づこうと必死に努力し変貌する。

3の場合、そのまま勤務。もしくは期待はないが「嘘を付く」「ホウレンソウがちゃんとできない」などの問題につながる。もしくは応募者がキャパのように入社時告げた実力に近づこうと必死に努力し変貌する。

大半の人がなぜか妥協の次くらいに「入社時告げた実力に近づこうと必死に努力し変貌する」ことを期待している。もしくは無意識化でそうなるかもと信じ込んでいる。しかし改めて見てみると、それが一番可能性が低い選択肢であることは大抵の人は納得されるだろう。

昔、ジャンヌ・ダルクの映画で最後ジャンヌが裁かれる直前「私は神から選ばれし時代の救世主である。この剣がその証拠だ」と信じる彼女に対して、兵士は言う。
あなたの持つ剣は以下の可能性が考えられる。
1,戦争で兵士Aが無くしたもの
2,戦争で兵士Bが捨てたもの
3,神が天からあなたに向けて授けたもうたもの
そのなかであなたは3の選択肢しかないと信じ込んだのだと。

思い込みというのは、いざ違う姿を眼前に突きつけない限り、その姿をあなたの面前に現さない。だからこそそれを逆手に取る詐称も、オーバートークも、あなたの善意の解釈に拍車をかける話術も、隆盛を誇ることとなる。断頭台を前にしてはもはや嘘を認めることすらできなくなる前に、別の視点を持つことは大切なことである。

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